答えは必ずクライアントが持っている

 コーチとして、大切にしている礎のひとつ
・クライアントはもともと完全な存在であり、
自ら答えを見つける力を持っている

いままでの教育や指導という観点からはなかなか受け入れがたい文言
多くの教育現場にいる方々や、部下を持つ管理職の方はこう言うかもしれない
「知らないから教えるし、教えることが僕の仕事、そんな嘘を吹聴しないでくれ」と

だって、知っている人が知らない人に教えることが教育だと思われていたし、
いや、今でも多くの現場はそうかもしれない

ただ、ここで「教える」という行為を否定するものでも何でもない
要はバランス感覚、何でもかんでも教え続けたとしたら、教えられた人は
「誰かがいつでも教えてくれる」という体験学習をしっかりと身につける

皆さんの周りにもいませんか? こんな方
・マニュアル欲しがる若い衆
・考える前に「どうしたらいいですか?」
今の教育の大きな弊害かもしれない。
人間、もともと考えることが出来る偉大な生き物なのに

コーチングを学んでいくにしたがって、そして、自分自身のクライアント
体験からも、本当に「答えはクライアントの中に」あったという事を実感
皆さんも、このことを信じて関わってみませんか
何か違った相手の一面が見えるかもです

人に焦点をあて続けること

 コーチングの醍醐味
一般的な対話との大きな違いかもしれない

普段なら、「もの」や「事」に焦点が当たり、そのことを
ああでもない、こうでもないと問題解決に走るところだが
コーチングでは「人」に焦点をあて続ける

「そのことが起こって、今、何があなたのなかに起こっているのか」
「本当はどうしたいのか」
「どんな価値観を踏みにじられたのか」

問いをあげればきりがないけど、どこまで行っても「その人」から
離れることはない。そして、クライアントが語りだしたその日の主題が
その人の「大きな主題」と動き出していく

もしかすると、問題や課題に見えていることも、その人のBeingが
創り出している「信じ込み」や「概念」みたい

大切にしたい How to Be 

過大評価・過小評価

 「過大評価」・「過小評価」どちらのあなたですか?
バランスよく、「これが私です」の私です
ここにもいろんな視点が見え隠れしているみたい

小さく扱っていても、張りぼてのように大きく見せても
バランスよく、「これが私です」の私です

「大きく見せようとしている」「どうしてそんなに小さく扱うの」
人からの評価に一喜一憂、どれが本当の自分サイズなんだろうか?

「これが私です」本当の私はどんな存在なのでしょうか
「これ以上でもなく、これ以下でもない」そんな存在でしょうか

人間は本来一人ひとり大きな存在だし、可能性は無限大な存在
いつからか、誰からか、きっかけは様々あるだろうけど
知らない間に「大きい・小さい比べっこゲーム」をしてしまうみたい

肩書きがあるから、経済的に満たされているから、いろんな尺度が
あってよしだけど、本当のあなたは誰ですか

本当に自分を心から愛し、その存在そのものを心から讃えられたら
どんなに素晴らしい自分として現われてくるのだろうか

偉そうなことや、わかったようなことを書き連ねているけれど
まだまだ、人の目や他人の尺度に翻弄されるこの私

やっぱり人生は魂の修業やな~ ありがとうございます

本質を呼び起こしていく事

 年初にも書いたことではあるけれど、僕はこの世の中を変えて生きたい
というより、本来持っている人間の本質を呼び起していきたい

人それぞれが持っている「大切な価値観」を尊重し、
人の持てる力を余すことなく発揮し生きていく姿を引き出し
そして、人の成功を妬んだり、失敗や欠点に意識を向けるのではなく
その人が思い描いている以上の成功をつかめるように惜しみない支援を
当たり前のこととして相互にできる世の中を創りたい

本当に僕の人生で大切なもの、それってなんだろうか
「お金かな」「地位かな」「名声かな」「物質かな」
どれも大切だし、否定をするつもりはもうとうない

でも、どれかが「一番」だったら、手に入れた瞬間にそこでお終い
本当にこの世に生まれてきたことって、もっともっと哲学的かもしれないし
もしかしたら物質や人からの評価ではない気がする

青臭いことかもしれないけれど、全ての人々がお互いの関係の中で
『意図的な協働関係』から関わることができる世の中になったら
世の中、確実に変わるだろうな 

どうせ、生きているのなら、青臭さと人生楽しんでみますか