自然の中で

 
自然の中ではいろんなものが五感に呼びかけてくる
せせらぎ、鳥の囀り、虫の声、風の音、森の匂い
止まってみると五感がキャッチする
都会の喧騒とは大違い ストレスってなんだっけ

自然の中で、自分と対話をすると生き方と対峙する
確かにスピードも大事だとは思うし
結果を創っていくことも生きていくうえで大切な事
そのために何かを失っているような気がしてならない

ただ、何のために『今』を生きているのか
そんな問いが湧き上がってくる

もしかすると、答えのない探求を始めたのかもしれない
もしかすると、逃避が始まったのかもしれない
もしかすると、本当の生き方の入口に立ったのかもしれない

時には立ち止まって、地球の声と共にいてみませんか?
人生にとっての大きな気づきが生まれるかもしれませんよ

情けない

 テレビっ子の僕だけれど、最近「ニュース」を遠ざけている
情けないおやじが多すぎる
「無責任」「他人ごと」「人のせい」「自分の利益」「モラルなし」
「自分の正当性」「他責」「うそつき」言い出せばきりがない

リーダーたるものと大上段に構えたい気もするがもっと
シンプルな事を伝えたい

「自分が源泉」僕が大切にしている大切なあり方
すべて自分のせいと言う自己犠牲のセンスではなく
ただ、「すべてのものごとは自分が創り出した」という立場をとること

自分が創り出した結果ならば、その結果を肯定的に前進させていく力も
自分自身に内在するということ
「自分が源泉」とは、結果に対する影響力とパワーを自分自身に戻すこと

「自分が源泉」とは、全ては自分自身からはじまるということ
自らの人生を自らの力でデザインし、切り拓いていく力を育むこと。

そんなあり方でいつもいたいものだ

受け入れること

 なかなか出来そうでできない「受け入れる」こと
ずいぶん出来るようになったつもりだったけど、まだまだ修行中
自分にとって許せない関わりをされると途端にアタック!打ちのめす!

いつでも、どこでも、誰とでも、受け入れ合える関係はできないのか
確かに、「青い」と言われるかもしれないが、違いを違いと認めつつ
その人を受け入れることは相互に可能に思えてしょうがない

でも、できひんにゃな~ これが...
「人間だもの」で片づけてしまうこともできるが...
心の叫びは「諦めず、もう一回関わってみよう」と叫んでいるが
でも、体は抵抗する。また、否定されたら また、嫌な想いをしたら
そう思うと、動かなくなる、いや、正確には見ようとしなくなる

なかなか難しいことかもしれないけれど、このことを書いていること自体
諦めたくない自分がいることだけははっきりとわかる

出来ることが一歩ずつ、そして「人間」であることも認めつつ
そんな、関係の課題を提供してくれた方に、お礼だけ
「僕の成長のスペースをプレゼントしてくれてありがとう」

人が輝く瞬間

 
コーチという仕事(?)をしていてありがたいと感じる瞬間
「その人が輝く瞬間」
今、言葉にしてみてなんかありきたりな言葉だなと思ってしまうが

その場、その瞬間にある「あれ」を表現するのは難しい
言葉にするとたかが数文字だけだけど、その瞬間あることは
全く違う「∞」こんな感じかな

何かを決断した時、自分を受け入れた時、可能性に一歩踏み出したとき
新たな世界に飛び込んだ時、正直に自分を許した時
そして、自分の果てしない大きさに触れたとき

その瞬間に立ち会える、こんなにステキな仕事はないと改めて感謝

人が輝き、自分の人生を充実させながら生きていく
青臭い話だといわれて凹んだ時もあったけど、諦めなくてほんまによかった

これからも青臭いといわれようとも関わっていこう
その人の輝く瞬間 に
その人の無限の可能性から      感謝!