絆を信じて

「一人で頑張る」少し前までの僕の専売特許
確かに、いろんな背景がその言葉を作っている事にも
気づきがあったし、結果も作ってきた

「人様に迷惑をかけたらあかんよ」
「言った事はちゃんとやりなさい」
母や祖母から教わったありがたいメッセージ
褒めてももらいたかったな~

ただ、そのあり方では処理できないゲームが目の前に
さあ、どうする 降参するか 見ないでおくか
いろんな選択肢が出てきたけれど、体の芯が最後まで
こう言った「やってみたい・・・」

自分ひとりで結果を創って行くゲームからの脱却の時だな
自分の意識のキャパシティと言うか、何かを手放した瞬間
そう思わないと、理解が出来ない体験

「助けて」をいう時がきたな でも、同時に恐怖も襲ってくる
理解してもらえないかもしれない。否定されるかもしれない
ただ、一人で出来ないゲームなら「絆」を信じて共鳴を作って
波紋を広げると頃からスタートするしかないみたい

どんな結果になるのかより、動く事で話すことで何かが動く
その事だけを信じて、今は進んでいこう
子どもたちに素敵な未来をプレゼントするために

もうすぐ2年

「ブログ、書いてみたら?」
そんなお誘いにのっかってもうすぐ2年の月日
読み返してみると、その時の自分が出てくる

成長したのだろうか?
そのとき何を感じ、何を想って、文字にしたのか
そう思って、見返してみるとなかなか面白い代物

その時々に感じたことを徒然なるままに
読み返してみて、誇りに感じたことがひとつ
その時の自分に目をそむけず、勇気を持って表現していた事
いつも、「誰かが勇気付けれる」そんな観点で書いていたこと

勝手に書き始めて、こんな事を言うのもへんな事だが
どうやら根っからの人好きを実証した結果のようだ
そして、その事が自分のパワーにエネルギーに変換

自分の為に書いたのかな?
誰のために書いたのかな?

これからも「書けない」と泣きが入るかもしれない
でも、もう少し書き続けてみよう
今はよくわからない「何かのため」に

自己承認

生きていくうえで、とても大切な事
自分という存在を、自分の行為を、自分の大きさを
そして、ありのままの自分を認めてあげること

「自信」自分を信じること
「自信がないんです」正直な言葉だと思う
信じてあげることが出来たら、何を得るだろうか
信じてあげることが出来たら、どんな自分なんだろうか

コーチをしていて本当に「認知」「承認」「励まし」は
本当に大切にしているし、これからも投げて行きたい
でも、もしも自分自身が自分自身のことを認めていなかったら
認知のピッチャーに承認のクォーターバックになれるだろうか

決して、自分のことを「完璧な存在」と思っているわけではない
ただ、今の自分をよくやったことも、結果としてできていないことも
含んで、「あなたでよかったね」とは言ってあげている

是非、皆さんも夜寝る前でもいい、朝、起きたときでもいい
自分で自分を抱きしめてあげてほしい
一生付き合うあなただし、かわりのない存在だから

コーチという職業

変わった仕事やな~
いつも、思うけど、やっぱりやめられまへんな~
おもろい仕事です「コーチ」

誰かに何かを教えているわけでもなく
しごいているわけでもない
クライアントさんに「今日は何を話したいですか?」
そんな切り出しで始まる、へんな会話の始まり

全身『耳』と『感性』の塊になって、クライアントさんを聴く
イタズラ坊主の『好奇心』で質問してみる
そしてまた、クライアントさんを『聴く』

いつもいつもという訳ではないが、クライアントさんが
脱皮する。(物理的に脱皮はしませんが)

新たな行動領域に「はじめの一歩!!!」
出来ようが出来まいが、うまく行こうか行くまいが
「はじめの一歩!!!」

動いた事で得られる新たな『学び』
こんな事の繰り返し・・・

やっぱり変わった仕事です コーチという職業は
でも、やめられまへんな~ の仕事でもあり
今の世の中に絶対なくてはならない仕事だとも思う

続けていこうコーチという職業
いずれは、こんな職業がなくなったらいいな
素敵な世の中になってるんだろうなな