無関心が創った世の中だとしたら

今の世の中を見ていて、こんな視点を持って見てみた
「無関心が殺伐とした空気や理解しがたい犯罪を生み出しているかも」
そう見てみるとその可能性も否定できなくなってきた

僕がまだ小さかった頃、町内に怖いおっちゃんがいてくれた
ワルサをするとよく叱られたものだ 「コラ~!!!」
そんな「人と人」との繋がりが地域の子どもたちに善悪や智恵を授け
地域が子どもたちを育ててくれたそんな時代

今を見てどうだろうか?
核家族化が進み、「個」の空間で事足りる生活をし
コミュニティどころかご近所さんが誰だかすら知らなくても生きていける
人が人に対して本来持っている「関心力」を忘れそうな
生活を普通に送っている・・・

そんな『無関心』が今の世の中を作っているとしたら
一人ひとりが『無関心』に関心と意識を持てばいいだけかも
そんなに難しいことを言っているわけではないと自分では思っている

人と自然が一体化して暮らしていた時代にあった当たり前の人と人との関わりを
今、一人ひとりが取り戻していくことで心豊かな社会に必ずなる
そう信じているし、それだけの事かもとも思っている

少し前にちょっとだけ戻ってみるだけ
そんなに難しい事じゃない気がする

始めてみよう。気づきをいただいたのは僕だから
ここから始めていこう 波紋が広がる事をイメージして

完了すること

「完了すること」とても大事なことだと思う
人間のパワーを再創作する源泉のひとつだとも思う

過去に意識を向けて、「あの時・・・」「もう少し・・・」
「出来なかったのは・・・」「悔いが・・・」この思考そのものが
大きなエネルギーの損失を生んでいる気がする

確かに、今、手に入れている結果を見ればそんな言葉が
出てくるかもしれない ちょっと視点を変えてみてみれば
「過去のこと」「変えられないこと」「生ゴミ」そんな見方も可能

だとしたら、今この瞬間、『完了』してみる
それでも、完了が難しかったら、「いつ完了するのか」を決める
それでも難しかったらそのままにする事をそのままにする事を
決めて「完了」する

人それぞれ完了の方法はあるだろうけれど、万人に言える事
「過去と他人は変わらない 変えられるのは自分と未来」

あなたは何を完了しますか?
素敵な自分と素敵な未来を再創作するために

大きさとは?

人間の大きさって、どんなものなんだろうか?
コーチとしてと言うより、一人の人間として自問自答
「人の可能性を信じて」とか「無限の可能性」とか
いろんな言葉は聞いたし、自分自身も使うけれど
もしかしたら、その大きさは自分自身の実感として
知っていないかもしれないと思う 
今日、このごろ

定量的に量れるものではないと理解だけはしているが・・・
う~ん そしたら「大きさ」って何なんだとも思う
しかし、しかし、人とのかかわりの中で「自己を否定」したり
「自分の出来ることを決めたり」と言った場面に出くわすと
無性に本質がうごめきだす 「あかん」 「あかん」と

少なくとも、目の前にいる人の可能性や大きさを信じている瞬間
もっと自分を大切にしてほしいし、自らで制限をつけてほしくないと
心の底から思う瞬間 本当に 本気で 嘘偽りなく

そんな瞬間、「ほんまに人間って大きな存在やな」と思う

そのうちに答えが出てくるかもしれないし、
解らないままかもしれない
ただ、今出来ることとして「人はもともと大きな存在である」
こんな視点を大切にして、今までどおり関わってみよう

覚醒させてくれる存在

本当にありがたいと思う、仲間の存在
ひとりでああでもない、こうでもないとやる事より
一言「助けて」と言う事で、1×1=∞ へと変化する
その事を可能にしてくれる存在

見てみぬ振りをしていると、停滞していると
「どう?」と声がかかり、覚醒せざるを得ない
そんな意識へのインパクトを与えてくれる、ありがたい存在

「シナジー効果」という言葉はお勉強して知っていたけれど
目の前に、その事が起こると「ほ~」これかと言う実感
ありがたい存在「仲間の存在」ほんまにありがたい

「リーダーは孤独」これも一理あると思うけれど
「仲間がいるリーダー」これのほうが今はすっきりと受け取れる

人生に戦いを挑み、チャレンジしていく限り
一人では出来ない大きなゲームに遭遇していく
そのチャレンジに理由や根拠がなくても、心から応援してくれる
そのチャレンジが世間さまから見れば、馬鹿げた事でも
人生の応援団として、伴走し続けてくれる

一人ひとりは違っていても、僕にはかけがえのない存在
「僕には仲間がある 仲間には僕がいる」
そして、いつも傍にいてくれる「あなたは一人じゃないよ」と

山がある限り

こういう生活がとことん好きな自分としか言いようがない
ゆっくり、のんびり、楽しくしていても人生だろうに
どうして、見なくてもいいこと、手を出さなくてもいいことに
手を出し続けるのか、われながら不思議な生き物

「どこまで行っても 修行中!!!」
いつまで修行するのかな~ いつになったら平坦になるのかな~
ある、トレーニングでのありがたいお言葉
「あなたが望む限り」です  とほほほほ

確かに、自分が望んでいるんだろうけれど
納得いかんな~ でも、そんな自分も大好きやな~
不思議な感覚に包まれつつ、一つ山を登ったらまた次の頂を

『人間道』にはまり込んだかもしれないな~
ここまで書いて、ちょっとした気づきが
いかん、いかん、ちょっと重たくなってきた

山が見える自分、山だと感じる自分、そして、その山を
登ってみたいという自分、すべてが自分
だとしたら、納得いくまで登ってみよう 登れるうちに

登れなくなってから「あ~・・・」と後悔するより
登れるうちに登ってみよう「山がある限り」